健康支える安全と安心
~ブラインドウォークで実感~

医師 名取 雄司

 医学の分野の一つに「公衆衛生学」がある。公衆衛生学の観点で見ると、現代人の健康維持には安全で衛生的な上水道の普及と下水道の整備が重要な役割を担っている。清浄な空気、バランスの取れた食事も必要だ。

 無防備な状態で産まれる赤ちゃんにはそうした要素に加え、安全で安心できる環境も求められる。米国の心理学者、故マズロー博士によると、人間には生理的欲求の次に「安全欲求」があるという。安全で安心できる場は、誰にとっても欠かせないものだろう。

 動作や言葉は、安全で安心な場をつくり出す上で有効な働きをする。

 そのことを私が身をもって知ったのは30歳の頃だった。今では心理的レッスンや協同作業のトレーニングとしても行われる「ブラインドウォーク」という方法を経験した時だった。

 ブラインドウォークでは互いを知らない参加者同士でペアを組むことが多い。1人はアイマスクを着け、もう1人は目を開けて、手をつないで公園や林を10分ほど歩く。この時は私がアイマスクをした。「まっすぐ行くと危ないよ」「階段を下がるよ」と声を掛けられ、本当に危ないときは手を引っ張り止めてくれる。初対面の相手が私の身を守ってくれる。手を他人に委ねる安心感を心から知った。

 つらいとき、静かに抱き留めることも、人に安心感を与える。親子や恋人同士など、愛する人との触れ合いがとても幸せな気持ちをもたらすことは、実感した方が多いのではないだろうか。 言葉にも人を支える力がある。「ありがとう」「おはよう」「そのままでいい」。そんな何気ない一言に、励まされたり慰められたりする。それも健康的な毎日を送るための大事な要素といえる。

 一方で、言葉は使い方によっては相手を傷つけることがある。私は強い言葉を発して人を傷つけてしまうことがある。それを自覚しているので、話すときには相手をよく見ることにしている。表情の変化や手の動きから相手の感情を探り、言い過ぎたなと思ったらすぐに謝り、言葉を補う。

 言葉でうまく表現できないとき、いらいらして暴言を吐く人や、暴力を振るう人もいる。大人になってもそういう人がいるというのは悲しい現実だ。暴力や暴言から自分を守るには、身をかわすだけでなく、時には真正面からぶつからなければならないこともある。そのための技術と勇気を要する時代のようだ。

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アイマスクをした猫