じん肺二次診療の取組から労災申請

二次診療担当 加藤 浩次

 元左官工のTさんは昭和32年に故郷の北海道から出稼ぎで上京し、飯場生活をしながら左官職人として働き始めました。高度経済成長期、建設需要の最も多かった時も大きな現場で粉じんまみれになりながら技術を磨いてきました。

 またこの頃、建設関連会社は工期を短縮する新たな製品や工法を開発していました。昭和30年頃からY社が左官技術を応用したラス&プラスター工法を考案、その後考案されたRC壁に施工する工法で、石膏ボードを石膏系接着剤で貼り付けるGL工法も多く用いられるようになりました。Tさんは左官の技術に長けていたことから、このGL工法を専門に施工する職人として様々な現場で約40年間従事してきたのです。

左官工のイラスト

 この工法はRC壁に接着増強剤をローラーで塗布し、接着剤(GLボンド)を等間隔に鏝(こて)で圧をかけ塗りつけるミリ単位の施工技術を要する工法です。しかし現場は四方を壁に覆われているため、粉じん濃度が高く過酷な環境下で作業されていた事が予想に難くないです。

 またお話を伺っていた中で驚いた事は、昭和60年以降、営繕工事と称する最も飛散性の高い危険な吹付け石綿の囲い込み工事を、保護衣や保護具(マスク)も支給されず行っていたと聞かされた事でした。現場はいくつかの工区に区切り、何週間もかけて鉄骨等に吹付けられていた吹付け石綿の囲い込み工事をするものでした。囲い込み工事は吹付け石綿が使用されている空間に石綿が露出しないよう板状材料で覆う工事で、板状材料を固定する下地やアンカーを取り付ける時、吹付け石綿を削り落し鉄骨部分、構造物に据付なければならないため、その作業中は吹付け石綿の粉塵は容赦なく作業員を覆う事になり非常に危険な作業です。この工事は工場だけにとどまらず、学校等でも同様の工事を長期にわたりしていた時期があったとお聞きしました。

 ご本人も、この時期の作業が最も多く石綿粉じん吸っていたと言ってもいいくらいだと言っておられました。

 Tさんは先輩職人の勧めもあり、家族や自身の健康面の事を考え、昭和40年頃から建設労働組合に加盟しました。健康診断も毎年受診するよう心がけていたそうです。Tさんの加盟した建設組合は、平成20年から建設国保の事業として取組まれていた胸部X線フィルムを利用したじん肺再読影の取組を行っており、じん肺再読影及び再読影後の二次診療はひまわり診療所が担っていました。Tさんは取組み開始初年度から石綿を吸った指標とされる胸膜プラーク所見があり、後に石綿肺の極めて初期のじん肺所見も呈していました。

 組合の後押しもあり平成24年に始めて再読影後の二次診療を受診し、じん肺進行の予防のため、現場でも粉じん対策を心がける様にしていました。しかし受診するごとに肺機能の低下は顕著で、石綿肺所見も初期のじん肺に進行していました。平成26年2月受診の二次診療で、主治医の名取医師から定期的に通院し経過観察することを勧められました。じん肺の咳や痰等の自覚症状もあり、同年12月に石綿肺合併症続発性気管支炎の診断結果でした。

 年明け東京労働局に管理区分決定申請をしたところ、平成27年5月に管理区分決定通知があり、じん肺管理2で合併症の判断はありませんでした。しかし医師の判断でじん肺合併症として労災申請する事とし自己意見書と、添付資料を周到に準備し同年7月に労災申請をしました。労災認定の通知が届いたのは平成28年2月でした。決定まで7カ月を要しました。給付基礎日額はTさんの納得できる額で決定されました。

 監督署の調査は微に入り細に入り調査する徹底ぶりで、監督署の申請様式でじん肺関連申立書の再提出を求められたりもしました。ご本人の直接の聞取りは2回に及びました。またTさんの聞取りから、監督署の調査担当者はTさんが在籍していた事業所を遡って3カ所以上訪問し、調査していた事が後に担当者から伝えられたとの事でした。最も調査に時間を要したのが給付基礎日額の決定である事は予想出来ました。    

 管理区分決定申請の時、事業主証明をした現在の事業所が最終粉じん事業場ですから、労災申請の際に給料明細の写しも添付資料として提出していました。しかし平成27年10月にTさん1回目の監督署聞取りの時、担当者から「監督署の調査では特別加入の労災保険を40年間かけているので、労災は一人親方として決定する方向で進める。」と言われたというのです。Tさんの特別加入給付基礎日額からすると不利益は被らないと思っていたましたが、平成28年1月に2回目の呼出しがあった時に、添付資料として提出していた給料明細写しを紛失した事を聞かされたのです。再発行のお願いをされ、当日Tさんの所属事業所にご本人と監督署担当者が赴き書類を再発行する手続きをしてから監督署に戻りました。給料明細写しを紛失した担当者は「基礎日額の件は日雇い労働者として認定を進めている。」と話している傍から「財政が厳しいんですよ。」と上司らしき人が話したと言うのです。

 被災者に対し給付基礎日額決定について二転三転する不可解な説明や、さらに監督署が算定した日額を示され「この金額で給付日額を決定しますから、ここに署名捺印を下さい。」等のやりとりがあったとTさんから後になって報告を受けました。

 給付基礎日額を、密室で被災者に不利益な低位に決定する等の操作をしたと感じざるをえない監督署の一連の行動でしたが、結果としてはご本人の納得される決定となりました。