悪性胸膜中皮腫の診断や治療方法

1)診断までの過程

 現在悪性胸膜中皮腫の診断として、まず胸部レントゲン写真を撮影し、その読影で異常な陰影が認められる場合に胸部CT写真が行われています。胸水が貯留していた場合は、細胞診の検査を外来で行う場合もあります。画像的に肺癌及び胸膜中皮腫が疑わしい場合に、通常検査入院を実施し、気管支鏡下気管支や肺の生検、胸腔鏡下胸膜生検及び肺生検を実施し病理学的診断を確定させています。悪性胸膜中皮腫の診断は容易でない時もあり、しばしば数ヶ月の経過観察後に中皮腫としての診断が確定される場合もあります。

胸部レントゲン写真

2)病理診断 

 中皮腫の診断は、5点を総合的に判断する事が望ましいとされています。5点とは1)マクロ 2)HE 3)消化試験 4)免疫組織化学検査 5)電子顕微鏡です。

 胸部での進展様式と肉眼像を基に判断するマクロ、生検で得られた検体を顕微鏡でみて最も通常の染色方法で診断するHE(ヘマトキシリン・エオジン染色)、ヒアルロニダーゼ消化試験、数種類の特殊染色方法で生検の検体を染色する免疫組織化学、電子顕微鏡像を総合的に判断し中皮腫と診断します。このすべての検査を施行する病院・大学は少ないのが現状で、マクロ、HE,免疫組織化学検査3−4種類で診断をしている場合が多い様に思います。免疫組織化学検査で最近頻繁に行われるのはカルレチニンとCEA染色で、中皮腫の場合カルレチニン染色が陽性でCEA染色が陰性の事が多いのです。もちろん例外はあります。 

 悪性胸膜中皮腫の診断は以前は大変困難で複数の病理医が相互に補完しあって診断してきました。最近は複数の免疫染色の組み合わせによる診断精度が向上し、中皮腫の診断は以前比し容易になっています。肺癌、縦隔の他の腫瘍、転移性胸膜腫瘍との鑑別が困難な場合があります。

3)ステージと予後

 悪性胸膜中皮腫の臨床病期分類は、1995年IMIGのものが知られ、進行に応じて4つのステージがあります。悪性中皮腫は早期発見が難しく、進行したステージで見つかる事も多いのです。適切な健診方法が現在のところないのです。しかし上皮型の悪性胸膜中皮腫Stage1の予後は比較的良いとされています。中皮腫は肺を包む1層の中皮層から発生する腫瘍ですので、容易に胸水及び胸腔外組織及び筋層等へ浸潤する性質を持つ事、中皮腫の初期の診断に鋭敏な検査がなくCT等の検査時点では既に胸水内へ進行している例が多い事、発見後中皮腫に対する有効な治療方法がないため進行をくい止められない事が、中皮腫の予後を改善させない理由です。

 悪性胸膜中皮腫の予後は芳しくなく、関東地区では中皮腫の経験が多い事で有名な横須賀共済病院呼吸器科の54例の死亡までの期間の中央値は発症後15ヶ月とされています(最短1−最大167ヶ月)。発症2年後の生存率は約30%、発症5年後の生存率は3.7%とされます。他の日本の報告でも発症2年70%以上の方が永眠、診断5年後に生存している人は10%以下とされています。大変残念ですが今後が厳しい病気とお考え下さい。

4)治療

 中皮腫に関しては、十分生存率や生存期間に寄与する治療方法が少ない現状があります。進行したStageで発見され、手術後の再発も多く認められているのも現状だと思います。

 手術療法は根治的な治癒の可能性がある唯一の方法です。その方法には、胸膜肺全摘術と肺胸膜剥離術があるが、前者が根治的な唯一の方法です。手術が成功し数年間以上健在の方もいらっしゃいますが、長時間に及ぶ難手術であるため手術の危険も低くはありません。手術の合併症に、出血、気胸、気管支漏等があり、広範囲に切除する事から手術で亡くなる率も高い事(文献2)、術後片肺となり人工呼吸器から離れられず声もでない方もいる等十分な生活の質が保たれない問題も指摘されています。高齢者には手術は実施しないとする国や施設もあります。根治的な可能性のある方法のため、高齢でない方の場合に重要な選択肢となりますが、マイナス面を含め十分理解した上での治療が望まれます。

 化学療法(抗がん剤による治療)ではいまだ標準的なものはなく、使用後一定期間の奏効率が47.6%との報告もありますが(文献1、2、4)、使用しない場合と比べて生存期間の延長が実証された報告例は認められていません。2004年2月アメリカFDAが認可したPemetrexed(商品名Ailmta)は、CDDP(シスプラチン)との併用をした場合に12.1ヶ月の生存期間を示し、CDDP単独が9.3ヶ月の予後であったのと比べて延長を示しました。今後日本でも治験が始まろうとしています。抗がん剤の使用に際して注意して頂きたいのは、数ヶ月以上継続しても抗がん剤の効果がないのに、別の抗がん剤に変更して治療を続けすぎる事です。症状をとる治療を優先し体力を温存して大事な時を過ごす時期を逸して、本人も家族も後悔される場合も多いのが実情です。自分や家族の気持ちを切り替えて、治療を変える時期をうまく選ぶ事も必要です。

 症状を抑える緩和ケアは、基本的な療法として重要です。最初から緩和ケアのみを選択される方も増加しつつありますし、化学療法を数クール実施後に緩和ケアを選択される方も増えています。御本人や御家族の気持ちの整理がつく方が多く、後に後悔されるご家族が最も少ない点が印象的です。緩和ケアの実施主体として、それまでの主治医の下で緩和ケアに移行することもありますが、緩和ケア専門の医師や在宅診療に明るい地元のホームドクター的医師へ転医する場合もあります。転院や転医に関しては病院の医療相談室のケースワーカーの方に相談されても良いでしょう。

 温熱化学療法で期待できるとの報告も見られます(文献1、2)。放射線療法は腫瘍の縮小等に十分な効果が認められてはいません(文献1、2)。

 免疫療法は、保険がきくものがほとんどないのが実情で、腫瘍に対する効果が実証されてはいません。しかし副作用が少ないことや、緩和ケアと併用しやすい点から、緩和ケア+免疫療法を併用されている方が実際は多いと思います。

 中皮腫の遺伝子治療は1998年にアメリカで実施され注目を集めましたが(文献2、5,6)、脳神経成分への重篤な副作用もあり一時中断し、再度再開されています。

 なお胸膜での移植医療は行いにくいとされています。

 多くの悪性中皮腫の方の相談にのりながら感じるのは、症状のコントロールが不十分な方が多いことです。悪性中皮腫の症状は胸痛や呼吸困難、咳、発熱等で、症状のコントロールは、内服や貼付薬や座薬で十分可能です。症状がとれてほっとする方が多いので、我慢をせずに症状を伝え、症状を早めにとるようにしましょう。当然の事ではありますが、筋肉痛や胃の痛み等の他の原因による痛みをすべて悪性中皮腫の症状と結びつけがちになります。悪性中皮腫では症状は徐々に出現し、急に症状が出ることは極めて少ないので、心配しすぎないでください。主治医は忙しそうで言いにくい場合も多いようですから、癌のケアに明るい訪問看護ステーションの看護師さんを医療相談室等で紹介してもらって、症状や病状等の相談にのってもらう事が大事です。

(2004年8月15日時点)

参考文献

  1. 中皮腫‐臨床:三浦溥太郎
    職業性アスベストばく露とアスベスト関連疾患 森永謙二編
    三信図書 :2002
  2. I..M..I.G. (2004)VIII Meeting of the International Mesothelioma Interest Group FINAL PROGRAM AND ABSTRACT BOOK 
  3. 胸膜中皮腫:寺本信 呼吸器疾患最新の治療2004-2006、p382-384 南江堂2004.2
  4. Byrne MJ et.al:Cisplatin and gemcitabine treatment for malignant mesothelioma;a phase II study.
    J Clin Oncol 17(1):25-30,1999
  5. Sterman DH et al: Adenovirus-mediated herpes simplex virus thymidine kinase/ganciclovir gene therapy in patients with localize malignancy;result of phase I clinical trial in malignant mesothelioma.
    Hum Gene Ther 9:1083-1092,1998
  6. Schwarzenberger P et al: The treatment of malignant mesothelioma with a gene modified cancer cell line : a phase I study.
    Hume Gene Ther 9;2641-2649,1998