高:ボランティアをされることは特に抵抗はなかったのですね。
H:はい。実は阪神・淡路大震災の時にある会社に勤めていたのですが、そこの会社が、会社ぐるみで支援していたのです。トラックにトイレを積んで現地に届けたりする中で、私自身もボランティアというものに興味を持つようになりました。
高:なるほど。ところで山谷でのボランティアをされる中でどんなことがありましたか?
H:実はこの活動をやっていく中で、私自身も、もっと多くの方に路上生活者の本当の姿を知ってほしいと思うようになりました。
高:それはきっかけがあったのですか?
H:路上生活者に対する偏見と差別が感じられたからです。例えば、ボランティアをやっている学生さんからも、「こういう生活をしているのは、自分が怠けていたからではないのか」といったものがありました。つまり自業自得みたいな認識です。なんとかこういった上辺だけの印象を取り払いたいと思っていたのです。本当は一人の人間として、いろいろとがんばってきた、しかし、景気の動向の中で、会社がつぶれるとか、ある年齢になっていると再就職が難しいとか、仕事で怪我をしてなかなか再就職できないとか。個人の努力だけでは難しい問題があるということです。
高:その通りですね。多くの人にそれを伝えるのにどうされましたか?
H:たまたまですが、ボランティアで参加している大学の先生から学生の前で話をしてほしいと頼まれました。隅田川相談会に参加してくれている桜美林大学と山友会のボランティアをしている法政大学です。とても良い機会であったと思います。又、落合恵子さんからインタビューを受け、その内容が神奈川新聞に掲載されたこともあります。
高:そこで何か気づかれたことがありますか?
H:学生の話を聞いていると、最初は外国の貧しい生活をしている人に関心を持つようになって、外国に行きたいということで行く。ところが、日本にもそうした路上での生活をやむなくせざるを得ない方々がいるという情報は、その後に入るらしいのです。たぶん最初は、マスコミなのでしょう。マスコミの取り上げ方にも問題があると思っています。
高:どういう問題ですか?
H:要するに外国には貧しい人がいるという、アピールだけで、その人たちがどういう思いでいるのか、何を誰に対して求めているのか、といったその人たちの目線では報道されない。まさか日本でも手を差し伸べるべき人々がいるという報道は、報道する側の思い込みで語られる。
高:ところで、ボランティア活動を続けていくのも大変ですよね。
H:実は、本当にボランティア活動がよく続くなと思う方がいるのです。私はよくは知らないのですが、その方は若い頃に山谷の方々に大変お世話になったと言います。その後、静岡で会社を起こし、かなり軌道に乗るようになったらしい。それで、昔のお礼ということで、12月から2月までの寒い時期に、週に一回、お弁当とお茶を大体300食以上社員が車で来て配ることをずーとやっているという方がいます。今は、ご本人もリタイアされ、その息子さんの代になっているけれど、まだ続いているという話を聞いたことがあります。
高:随分、若い頃のことを恩義に感じられたのでしょうが、山谷の人々は、仲間意識も強いところだということが証明されたということでしょうね。本日は本当にありがとうございました。(了)