ひらの亀戸ひまわり診療所
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2016年秋号 第96号

ボクが医者を辞めた理由、

医者に戻った理由(その3)

所長 毛利一平

 1998年3月、ボクは家族と一緒にタイのバンコクで暮らし始めました。ボクの仕事は労働衛生長期専門家。労働者の健康を守るための経験と技術を、日本からタイに伝える(技術移転)仕事です。

 JICA(独立行政法人国際協力機構)の技術移転プロジェクトというのは、数人(5人ぐらいまで)の日本人長期専門家がパートナーとなる相手国の機関に常駐して、一緒に活動しながら、また短期間(2~3ヵ月)日本から分野ごとの専門家に来てもらったり、現地スタッフに日本で研修をしてもらうことで、日本の経験を伝えてゆきます。

 ボクたちのパートナーとなった機関は、タイ国立労働安全衛生研究所(略称NICE=ナイス)、職場の労働環境・労働条件を調べて、より快適な職場づくりを実現するための指針作りなど、政策提言を行います。

 あこがれていた国際協力の仕事でしたが、開始早々現地スタッフからダメ出しを食らいました。「専門家らしくないのが来て、がっかり」。まあ、そりゃそうです。大学院は中退して、しかも3年ほどしかたっていません。先方からすれば教授クラスが来るかと期待していたのかもしれませんが、専門家の卵(しかもひび割れ)みたいなのが来てしまったわけですから…。

 その点は私も自覚していましたから、とにかく我慢です。曲がりなりにも8年間、労働衛生の分野で勉強してきたわけですから、その間の経験と知識をフル回転させ、クモの糸のように細い人脈を頼りに、少しでも役に立てるようにと必死でした。

 たぶん、現地スタッフから「対等に」話をしてもらえるようになったのは、半年ぐらいたってからでしょうか。以後、一緒にたくさんの現場を訪問して、調査を行い、提言をまとめる手伝いをすることができました。

 後にも先にも、この時ほど現場で勉強したことはありません。とてもおかしなことですが、当時すでに日本では、大学にいて労働衛生の専門家になろうと思っても、幅広く現場で学ぶ機会などありませんでした。

 結局、専門家として技術移転するはずが、経験を積ませてもらい、学ぶことができたのは、ボクのほうだったのかもしれません。

 タイは当時、確かにいろいろな面で問題を抱えていました。労災事故は日本よりもずっと多く、職場での安全衛生対策もとりわけ中小企業となるとかなり遅れていたかもしれません。でもその一方で、日本より進んでいるかもしれないと思えることも少なからずありましたし、日本にもまだまだ解決されなければならないことが多いと気づかされました。

 とても充実したタイでの2年間でしたが、派遣期間を終えた時、国際協力へのあこがれはずいぶんとしぼんでしまい、むしろ日本を何とかしたいという思いを抱えて帰国したのでした(付け加えておきますが、長男は今でもタイが好きで、妻も少しはタイびいきになってます)。

 そんなわけでしたから、帰国するころになって日本の研究所(労働省産業医学総合研究所、当時)から誘いを受けたときは、これでようやく、日本で、心置きなく労働衛生の仕事に打ち込めると喜んだものでした。

 2000年3月日本に帰国したボクは、翌4月からこの研究所(以下、産医研)で働くことになります。

 産医研はちょっと面白いところで、外からはなんとなく御用学者の集まりのように言われていた面もあるのですが、内側から見れば学問的には原則的な人が少なくなく、霞ヶ関からは「扱いづらい研究者集団」のように見られていたようです。

 ボクはといえば、先輩たちが残してくれた膨大な調査データを整理したり、新たに職業病の正確な統計を取るためのプロジェクトを提案したり、ちょうど大きな問題となったごみ焼却施設でのダイオキシンの調査に参加したりと、前半はとても良い感じでした。

 しかし後半、産医研が独立行政法人化され、整理統合の問題が出始めると環境が一気に悪化してしまいます。

 やたらと書類の作成や会議が多くなり、国の委員会への参加を求められたり(行政貢献)。研究費も額は大きくても制約が多く、思うようには使えなくなったこともあって、気が付けば現場から遠く離れてしまっていました。

 労働者の近くで仕事がしたいと願っていたのに、それができるようになると思っていたのに、どうしても思うようになりません。

 このころ、ちょうどプライベートでも悩みが多かった時期で、それが重なったせいもあったかもしれません。2008年8月、ボクは産医研を退職し、民間の研究所である労働科学研究所(労研)に移りました。

 どんぐりのように転がり続けるボクの人生はまだまだ続きます。が、いつまでも自己紹介を続けるわけにもいかないので、次回で最終回の予定です。乞うご期待。

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