ひらの亀戸ひまわり診療所
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2013年10月 第84号

「風立ちぬ」

高山俊雄

 今話題の宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観に行った。戦中の時代、とりわけ「ゼロ戦」の設計者として知られる堀越二郎を描こうとするこの作品。宮崎がアニメを作る意味とする、「この社会は生きるに値する社会」であると子供たちに伝えるのに、この時代をどのように捉えて、描こうとするのか、これまでのファンタジーとは異なる設定であったことに関心をもっていた。

 しかしここには、いくつか伏線が引かれていた。一つは堀辰雄の同名小説に依拠する部分があること。堀辰雄のこの小説は、実は堀自身の具体的体験が小説化されたという。妻となる女性が実際に結核に感染し、サナトリウム(結核療養所)に入院。ずっと彼女が亡くなるまでそばに付き添っていたという話である。そして堀のもう一つの作品「菜穂子」。こちらは奔放な女性として小説の中に生きているが、映画では、菜穂子が堀越二郎と結婚する相手になっている。image

 アニメに戦闘場面はない。何より印象に残ったのは、堀越二郎の清々しさであった。声の感じが良くそれを表している。その声優を探すのに苦労した様であるが、結局、同じアニメ監督に決まったようである。その清しさは声だけではない、冷静で沈着、そのような時代にあっても、事の摂理を見通せる能力を感じさせる。

 この時代とは、結局生きるにおいて、時間的にも空間的にもきわめて制約された中での「生」でしかなかったが、そこで何が生きるに値すると宮崎は訴えていたのか。映画から私が受け取ったもの、一つは人間の志の高さの大切さ。もう一つは純粋に人を愛する事。アニメーションであったのに、宮崎監督と同じように自然に涙が流れていたのは、単に70歳に近い老人の筋肉の緩みだけではなかったと思っている。

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