ひらの亀戸ひまわり診療所
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2014年秋号 第88号

【患者さんインタビュー】

インタビュー 高山

(男性77歳Iさん。アスベスト肺にて3年前に労災認定を受ける。)

問:どのようなお仕事をされていたのですか?

答:もともとは、茶畑で採れるお茶揉み器を作っていて、そこにアスベストを断熱材として付けていました。それまでは炭を使って揉んでいたのを、プロパンガスを使用するようになったのです。この方法は、全国で知れ渡るようになって、相当の数が売れました。すると、修理の方も増えたのです。アスベストを付けている箇所がはがれたりすることが多く、アスベストを指で撚って唾をつけながら貼り付けたりする。この時の仕事が、後に労災の原因になったのかもしれません。

問:その後は?

答:配管とか穴掘りの仕事が多かったです。

問:アフリカに行ったことがあると伺いましたが。

答:1983年頃に「インドシナ難民を助ける会」というのがあって、これは憲政の父と言われた尾崎咢堂の三女の相馬雪香さんが始めた会ですが、新聞に募集が出ていたのです。穴掘りなどができる人の募集ということで。それに応募したんですが、その時の説明会に集まった人数は400人位でした。丁度私が46歳の時です。行先は、アフリカのジンバブエかザンビアどちらかでした。審査の結果合格したのは約20名。この時にアフリカの井戸はどんな井戸なのかを聞いたところ、水が出るところまでまず掘って、水を汲みに行くのに、井戸の周りを螺旋状に掘り下げ、水が汲めるところまで螺旋階段を下りていくような形だということでした。こういった井戸を私は一度狭山で見たことがありました。それは「七曲り井戸」と言われるものです。

問:それでどちらにどのくらい行かれたんですか?

答:ジンバブエです。2ケ月の予定で、実際は3ケ月弱行っていました。そこで旅費として40万円支払いました。

問:その他の国にも行かれたんですか?

答:ザンビアに行かれた方から来てほしいという手紙が来て行ったり、ガーナにも行きました。しかし、最初の国のジンバブエで、いろいろな現地の人や、青年海外協力隊の人たちとの交流が楽しく、とても居心地がよかったので、その後何回も行くことになりました。

問:ザンビアでは何をされていたんですか?

答:まず、井戸掘りです。それからリヤカーをたくさん作りました。そのリヤカーを貸し出したのです。ところがあまりに重いものをたくさん載せるものですから、すぐに壊れてしまう。それをまた修理するという繰り返しでした。ほとんどのものは人力で運ぶのですが、リヤカーがあれば、そんなに苦労しなくても済みますから。また、現地の人に溶接の仕方も教えました。自分の持っている技術を教えて、役立ててほしいと思ったのです。

問:これまで一番長く滞在されたのはどのくらいでしたか?

答:ザンビアの1年でしょうか。

問:現地で驚いたことはどんなことでしたか?

答:まず、アスベストの水道管があったことです。アスベストは、地中2m位下を掘ると出てくるのです。それから、ザンビアには水道が最初からあったのではなくて、山の頂上から水が下に流れるように山の傾斜をそのまま利用し、途中途中に水を貯める池を作って流す。山の高さは2800m位ですが、この方法で全村に水を行き渡らせようとしておりました。この事業をやっていたのは日本人の女性です。水を給水する範囲は、東京都全域位の広さなのですから、相当のお金がかかったと思います。この水道管はアスベストではなくて、黒いビニールを筒状にして流していました。日本では絶対にやってはいけない工法ですが。

問:ところで具合が悪くなったのはいつ頃ですか?

答:10年前です。ジンバブエでは柔道を教えることもありました。現地の人を投げ飛ばしたところ、ハーハーと息が上がってしまい、これはだめだと感じました。

問:それでどうしました。

答:帰国して兄と一緒に病院に受診したのです。ところが兄はすぐ一発で労災が通ったのですが、私はボーダーラインということで、5年間通院して毎年申請しても、いつも駄目だったのです。ところが、3年位前、兄が主治医の診察の時に、突然カルテを投げつけられたことがあったのです。それで、ここはだめだということになりました。

問:それで?

答:友人に、「ひまわりさん」が良いと言われ、二人して医療機関を変えました。私の労災認定はひまわりさんの診断書で決まったものです。

問:いろいろとアフリカの話ありがとうございました。とても面白かったです。当時とられたたくさんの写真も面白いですね。

答:写真を焼くのも自分でやりました。これも趣味の一つです。

(Iさんへのインタビューは実に楽しいものでした。話されることの一つ一つが、驚きでもありました。その中で一番印象に残っているのは、日本国内では使っておらず、古い時代のもの、例えば、リヤカーとか井戸、若い青年海外協力隊の人たちでは、それらが故障したときにはメンテナンスが出来ないこと。そのための技術者がいないと維持できないという問題でした。それで仕方なくIさんが呼ばれて渡航し修理するといった実態も教えてもらいました。本当は日本での古いものほど、機械化が進んでいない土地では利用価値があるということも納得できるものでした。【高山】)

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