ひらの亀戸ひまわり診療所
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2012年4月1日 第78号

大地を踏む

富永純枝(鍼灸院・AKA)

 まつりが好きです。町中育ちで盆踊りしか知らなかったのですが、大人になって初めて早池峰神楽(岩手県花巻市)を見に行った時には、こんな素晴らしい踊りがあるのかと鳥肌が立ちました。神社の境内で奉納される夏の例大祭では神楽好きの方々の声援が飛ぶ中、次々と舞われる演目は観客と一体となって徐々に熱気を帯びてゆきます。一晩寝ても興奮は冷めませんでした。神楽衆は役所勤めや農家など地元の方々で、舞台上ではとてもかっこいいのですが、衣装を取ると普通のおじさん達。(すみません・・・)仕事の合間を縫って稽古、公演をされているそうです。
 日本全国には様々な伝統芸能がありますが、なかなか現地に赴けないので、先日都内で映画を見てきました。『究竟の地―岩崎鬼剣舞(おにけんばい)の一年』(三宅流監督)は岩手県北上市に1300年続くと言われる鬼剣舞を通して、芸能が生活の一部となり地域の人々が絆を深めている姿を1年間追い続けたドキュメンタリーです。鬼剣舞というと一見怖そうに聞こえますが、この鬼は仏の化身または改心した鬼と言われ、念仏を唱えながら大地を踏みしめて死者の霊を慰め、人々の安全を祈願する舞です。大工や兼業農家の踊り手の方たちは仕事の合間に、お正月やお盆の神事を始め、結婚式やお葬式での公演依頼とひっぱりだこ。地元の岩崎小学校では4年生から全員が習うそうです。134年続いた小学校も少子化で統合されることになり「盆踊りと鬼剣舞の夕べ」と称した閉校イベントが開催されました。最後に各地から集まった卒業生や地元の方々が、小さい頃に習った記憶を辿りながら、盆踊りのうちわ片手に全員で鬼剣舞を踊る姿は感動的でした。
 長老たちは言います。「鬼剣舞はばらばらでいいんだ。1年選手、10年選手、30年選手、それぞれの修行があり到達点がある。それが一緒になって踊ってることがすばらしい。」「それは世の中の成り立ちと一緒。こういうことがひいては世界平和に繋がるんだ。」
 3月11日の大震災では、幸い早池峰神楽、岩崎鬼剣舞とも内陸のため大きな被害はなかったそうですが、長い歴史の中には今回のような地震や飢饉、戦争など多くの災いがあったと思います。先日見たテレビで宮崎の椎葉神楽の方が言っていました。「(いろんなことがあっても)踊ってるときだけは嫌なこと全部忘れられる。」
 津波の被害の大きかった石巻にも600年前から伝わる芸能があります。その雄勝法印神楽が昨年10月、鎌倉で復興支援公演を行いました。2基の太鼓と笛がすばらしく、舞い手がやぐらの上に上るなどアクロバティックな動きや、観客とのアドリブたっぷりの狂言など、見ごたえのある楽しい神楽でした。震災で神楽保存会の会長が行方不明、神楽の面や太刀、衣装などが流されたそうです。今回は残った道具と隣村から衣装を借りての公演でした。国の重要無形民俗文化財に指定されているため、各方面からの支援金が集まり、今はそれで新しい面を作ったりされているそうです。
 東北には様々な民俗芸能があります。名の知れたものからそうでないものまで、各村々に伝わる無数の踊り、まつりがあります。被災地では多くの地域で面や衣装が流出したと聞きました。震災直後はまつりを自粛する動きもありましたが、今は各地で復興へ向かって再び舞い始められているようです。
 そもそも踊りとは、自然に対する畏怖と感謝、五穀豊穣や大漁、無病息災を祈願し、先祖の霊を供養する気持ちから生まれたもの。共に踊ることで、地域の結びつきを再確認し、喜び、悲しみを共有して災いを乗り越えてゆく、そんな力の源ではと思います。以前は自分の育った所にもそんな芸能があったらと思いましたが、継承してゆくというのは大変なこと。いろんな民俗芸能にこれからも出会えたらと思います。

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