ひらの亀戸ひまわり診療所

高山俊雄

 「感謝のつどい」記念行事は、診療所としては今年度最大のイベントということになる。院長から責任者として指名を受け6名の実行委員会形式で進めた。当日の会をのぞけば、最も大きなことは20年の経過を冊子として残し、それをお土産にさせていただこうと考えた。これは冊子作りの経験がある原口君に責任を持って担当していただくことになった。依頼した原稿が、なかなか到着せず、出版を引き受けただいもん印刷への入稿が日一日と延ばされていった。表紙も原口君が苦労し、いくつかの試作をして決めた。出版社にはそのまま印刷できるような形で出すため、原口君は大変な作業であったと思う。何とか間に合ってよかった。

 次に感謝をする以上、診療所としてどのような形でその意思表示をするのか、そのことが問題となった。10年前の記念のつどいでは、全員で合唱したことを思い出した。その程度では感謝とはいえないと私は思った。そこで、私は20年の来し方を思い出し、その中のエピソードを基に「コント」を作ろうと思い立った。それも、出来るだけ笑えるものにしたいと考えたが、簡単ではなかった。

 基本は職員が全員出演することが前提であれば、非常勤職員を含め17〜8名いる。そこで、二人一組で出演することにし、コントを沢山作ることにした。1ヶ月ほどかけて、12のコントを作り、投票で6つを選び、出演者を決めた。

 10月23日を江東区民センターのレクホールでやりたいとは思ったが、半年前に抽選会があった。それに当選しなければ借りることは出来ない。この日の希望は4団体。何とか抽選で引き当てることが出来た。ところが、着換えの部屋の3階音楽練習室は簡単に借りられるといわれながら、3ヶ月前に申し込まなければいけないとの説明で、再度抽選に行くことになった。だが、担当職員からは、本当は半年前に希望があればその場で優先的に借りられたのにとの言葉。そのように理解できる説明ではなかったと反論した。こんなに苦労して取った音楽練習室なのに、「つどい」当日この部屋に行ってみると、内側からは鍵がかからない。外の鍵は職員が管理し、その都度職員に連絡しないと開けられないという調子。中はロッカーなどもない。プログラムには女性の踊りと男性のコーラスが順次あり、部屋を使う。衣装を中に置いておく事も出来ない。困ってしまった。結局女性は舞台裏で着換え、男性のみ3階ということで話がつき、一安心。

 次は料理。当初は自分たちで煮ものを作ろうということになったが、徐々に参加者が増える傾向にあり、10月初旬に150名となって、作るのも、それを持ってくるのも無理だと判断。知り合いの方に紹介されたおすし屋さんに依頼。一人4品目で150人分を依頼したら3万円という返事であったが、当日は5品目と一品サービスしてくれていた。料理といえば、150人の座るテーブルにテーブルクロスを敷きたいと考えたが、手持ちは8枚しかない。一テーブルに2枚必要だと、あと22枚は必要と計算し、デパートに買いに行った。ただ、手持ちの色が草色なので、それに近いものを探すのに、デパートめぐりをせざるを得なかった。

 お酒はビールさえ頼めば後は手持ちの酒と差し入れで大丈夫と思っていたら、樽酒はどうかという話が出てきた。実行委員の一人の方のご実家が酒屋ということからの話であった。そこでこれを依頼した。私は当初、これは「鏡割り」だと考えていたところ、その実行委員から鏡は割ってはいけないのだと叱責された。だから「鏡開き」なのだと。

 最も大きな問題は当日出るであろう「ごみ」の後始末をどうするかであった。恐らく沢山の燃えるごみや燃えないごみが出るだろう。施設側は、すべてきれいにして片付けて欲しいという。そこで実行委員の一人が同じ建物の中のレストランにもオードブルなどかなりの量を食事注文をしているなら、そこで引き取ってもらうしかない、と言い出した。但し、事業ごみとしてシールは当方で貼ってとのこと。結局これで話はついたが、「つどい」が終わった後には相当のゴミがあり、もしこれを持ち帰っていたら大変なことになったと、この作戦が大きなポイントであったのを感じている。

 全体的に見てまあ、まあの出来だったと思う。欲を言えば限がない。出版物に誤植があったり、出席予定者で15名の不参加があったりした。これらを引き継いで、次の30年記念にはもう少しグレードが上がるよう、期待したいと思う。

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