ひらの亀戸ひまわり診療所

富永純枝

 10年ほど前から綾子舞という民俗舞踊を習っています。小さい頃盆踊りが大好きだったのを思い出し、何か踊りを始めたいなと思っていた時に知人に誘われたのがきっかけです。最初に見学に行って一目でその踊りと音楽の魅力に心を奪われました。

 綾子舞は新潟の女谷に伝わる古典芸能で出雲の阿国の初期歌舞伎の面影を色濃く残しています。室町時代後期に流行した小歌に合わせて、女性3人がゆらいという赤い布を頭に垂らした風情で踊り、扇使いが特徴的です。山深い地形だったためにそのままの形で伝承されてきたのではないかと言われていて、昭和51年に重要無形民俗文化財にも指定されました。9月に行われる現地公開では小歌踊りの他、男性が演じる囃子舞や狂言があり、主に中・高校生が演じる小歌踊りはとても愛らしいものです。

 私たちの先生は各地の伝統芸能を研究されてきた方で、世田谷区のご自宅兼稽古場では綾子舞の他、東北の神楽等の伝統芸能のお稽古が行われています。綾子舞ではずーっと3、4つの同じ踊りを練習し続けていますが全く飽きません。同じ踊りを繰り返すことによってその時の体調や心の在り方の変化が自覚できるようになってきます。ある時は涙が出たり、ある時はニヤニヤしたりあくびが出たりと自分でもびっくりするような反応が出るのです。人に見せるためでなく、先人の遺したものの中から今の時代を生きる我々の身体を通して何か気付いていこうという取り組みに終わりはないようです。発表会などはしませんが時にお寺や庭園などの場所を借りて、自然の中で地面の感触を確かめながら踊ることもあります。7年ほど前に行った春の京都では、見晴らしの良い丘の上で踊りました。桜が風に吹かれ笛の音が周囲に響き渡る中で舞う様は、まるで異空間に来たようで今でも忘れられません。昔と今では仕事や生活のスタイルも変化していて、昔ほど足場の悪いところを歩いたり足腰を使う頻度は少ないため、踊り方もつたないものになってきているかもしれません。その中で自分の足元や中心軸に意識を向けることで得た気付きは大切にしたいと思っています。以前は手順を間違えないようにと自分一人のことで必死でしたが、今は周りの人との呼吸や音との間合いに意識が向くようになりました。

 人は古来より祭りを通して生活を営んできました。仕事をするときにも皆で歌を歌いながら手を動かしたりと、歌と踊りそのものが生活だったといってよいかもしれません。それを意識して日々の生活の中でも鼻歌を歌っていると作業がはかどる気がして、近頃はよく歌いながら家事をしています。都会では人間関係が希薄になってきていますがお祭りがあると人との触れ合いの場が広がり、気持ちがまとまっていくように思います。

 今までいろいろ習い事をしてもいつも長続きしませんでした。それはその事に対する興味もあったとは思いますが、実は周りの人達との関係が要因だったのかもしれません。綾子舞も最初は休みがちでしたが、仕事で疲れてお稽古に行くのが億劫だなあと思っていても、不思議と踊った後はすっきりしてすがすがしい気持ちで帰れます。今は心地よい音の中でみんなと同じ時間を共有して踊れることに感謝しています。

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