ひらの亀戸ひまわり診療所

H.M(職員)

 私の住む川崎という街は、バブル崩壊以降、駅周辺に多くのホームレスが目立つようになりました。夜にもなると駅コンコースにダンボールや毛布で寝床を作る人達で列が出来、富士見公園や多摩川でも青シートの小屋が立ち並び、いつしか見馴れた風景になっていました。しかし、駅西口に巨大なコンサートホールが出来ることになり、市長が市の玄関口が見苦しいということで、駅コンコース、駅周辺に寝たりするホームレスを排除するようになりました。そして二年前からは、07年度アメリカンフットボールのワールドカップ開催地に川崎市が決定したということで、規制の範囲がさらに富士見公園一体に拡がり、代わりに市が作った収容施設に入るよう働きかけが始まりました。しかし、素直に応じる人ばかりではありません。規則にしばられることを嫌い、気ままに生きたいという人も多く、施設に入る人は3分の1ということでした。

 私は施設には入らなかった3分の2のホームレスのその後が気になっていたため、ボランティア活動に時々お邪魔させてもらうことにしました。週1回夜、おにぎり、ホカロン、ニュースなど幾つかのグループに分かれ、配りながら声を掛けたり、相談にのったりします。

 まだ一年ほどですが、自分の持つ偏見に気付かされました。(それまで私は、夜間歩道の脇に寝ている彼らを気味悪く思い、足早に通り過ぎたりしていました。でも現実は鍵も掛けられず、路上に寝ている彼らの方が、数倍、不安を感じながら日々夜を過ごしていることを知りました。特に夏休みや冬休みを迎えた時期、中学生のホームレスに対する嫌がらせがエスカレートする事に恐怖心さえ抱くそうです。)結局、私は教えられることばかりだなあ、というのが率直なこの間の感想です。

 一緒に廻るNさんやSさんは現職のホームレスです。お二人はビッグイシュー(イギリスで始まったホームレス自立支援の雑誌。二百円で販売し、販売者は半額が収入となる。)を売ったり、ホームレス自立支援事業の清掃の仕事についたり、なおかつ仲間のホームレス支援にも関っているのです。五十代前半でリストラに会い、以来就職につけずホームレスにたどり着いたようです。Nさんはいつもニコニコして時々冗談を言って周りを笑わせます。Sさんは寡黙な方です。現在、ヘルパー資格を取得中とのこと。ホームレスになった経緯は、二人のようなリストラ、借金、ギャンブル、アルコール依存など背景はさまざまです。又、路上に住みながら仕事についている人も多くいます。ただ、フルタイムの仕事がないので、アパートに住めないという人が目立ちます。そして四十代の人より、五十代の人達の日雇い求人は少ないそうで、週1〜2回とのことです。アルミ缶の回収は高齢者が目立ちます。夜明け前から長時間かけて集めて一日2〜3kg(キロ150円〜60円で引き取ってもらう)とのことで、どの人も食べていくのが精一杯です。

 高齢者には生活保護申請を勧めますが、頑固な人もいて六十代後半や七十代の方でも路上生活を続けています。冬季は例年凍死者も十数人いるとのことで、声掛けに努め、特に高齢者や病人の発見に目を届かせるよう、スタッフから要求されます。年末年始は日雇いの仕事もなくなるので、越冬対策として巡回も連日行い、収容施設の一時利用を促したりします。

 Kさんはアルコール依存症です。施設にしばらくは入っていましたが、アルコールが原因で退所の2月のある早朝、路上で冷たくなっていました。富士見公園事務所脇でいつも寝ていて、おにぎりを受け取ってくれた人です。まだ五十代半ばという若さ。仲間は「仕方ないよ。アルコールやめられないしな。本望だよ。」と、自分に言い聞かせるように死に様を淡々と受け止めています。翌週、彼の寝床の場所に行くと、雨にじっとりと濡れた荷物と布団がそのままあり、その前に一升瓶が手向けられていました。

 あの84歳のHKさんは、夜はいつも競輪場の入り口の門のところに寝ていましたが、隣人のホームレスと相性が悪くなり、あちこちに移動していました。が、ついに消息が分からなくなってしまいました。

 Oさんは「働きたい。でも求人先で住民票とか連絡先を聞かれるんだよな。」一時的でも施設に入れば、住民票も連絡先も作れると説明するのだが、「施設は絶対に嫌だ!」と言うのです。

 話は変わりますが、最近フランスで広場や遊歩道などでテントを並べて市民に路上生活を体験してもらい、住宅政策の貧困さをアピールする運動が全国に拡がり、政府は居住権を保証する法案提出を約束させられたと言います。シラク大統領は「繁栄のそばにある極度の貧困がある現実と闘うため、居住権を基本的な権利に据える必要がある。」と演説したそうです。ホームレスパワーが国を動かした形になったのでしょう。原因としては、雇用の不安定化で、自分もホームレスになるかもしれない、という不安が市民に強まり、関心が広がった理由だろうとメディアは分析していました。

 日本では、2月5日大阪長居浜公園で、ホームレスの人達に強制撤去が行なわれました。行政代執行に反対する署名は、五千人以上集まっており、当日三百人を越える人々が抗議に加わったそうです。この公園にはテント村が出来、地域でのコミュニティーとなり、生きにくい若者たちの集う場所ともなっていたと聞きました。これらは長い年月をかけて、野宿する人と住民双方の理解と努力が積み重ねられた結果なのだと思います。それが強制代執行という権力の力で簡単に壊されてしまったのです。

 大阪の公園は世界陸上のため、川崎はアメフトワールドカップのためと、表立ってはこれらが理由ですが、本心は場当たり的な「ホームレス駆除策」を行使したに過ぎないと思えます。彼らの声にもっと耳を傾け、支援者の意見を聞き、血の通った自立支援が、自治体や国は出来るはずです。今、厚労省が自立支援法見直しとして、ホームレス実態調査を全国で行なっています。経過を見守って行きたいと思います。

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