ひらの亀戸ひまわり診療所
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2020年春号 第110号

避難所での体験

MSW 高山俊雄

 昨年10月12日に上陸した台風19号。この日の昼頃、雨が少し降っていた。ところが、少し不安気味の連れ合いが避難所に行った方が良いかもしれないと、台風の進路を見ながら話してきた。私は「大丈夫だよ」と言ったが、連れ合いは懇意にしている前の家に聞きに行った。すると戻ってきて、1軒置いた隣の旦那が車を出してくれるという事で、一緒に避難所に行くことを決めたと言う。私は渋々の同意であったが、避難所の体験も面白いかもしれないと思った。そう考えた後、昼食をとっていないことを思い出した私は、慌ててブロッコリーを茹で、いつもやる出汁入りの卵焼きを5個で作ることにした。出来上がったそれらをタッパーに詰め、日常万一のためと準備していたリュックを背負い車に便乗させてもらった。この時、既に雨が降っていた。

雨

 着いたのは、子供が卒業した小学校である。もともと私が住む江戸川区は低湿地帯にあり、中川が決壊すればひとたまりもない。従って、学校の避難所も3階以上が避難場所となっていた。教室の床にビニールを敷き、そこに寝るわけなので、身体が痛いことこの上ない。外は雨風が強くなってきており、いよいよ直撃するかもしれないと感ずるほどであった。

 教室にはテレビが1台あり、天気予報の映像を見続けた。と、空腹を感じた私たちは、持参した食べ物を互いに勧めあいながら食べ始めた。すると突然校内放送が鳴った。「ただいま、車椅子の方がお見えになりましたので、お若い方でご協力いただける方は南口玄関までお集まりください」と。私は若い方と思っていたので、直ぐに立ち上がり、南口玄関に向かった。そこには車椅子で見えた年配の方と、一緒に見えたご家族が待っていた。私を含めて6人ぐらいの若者が車椅子の両車輪をもって階段を持ち上げていった。乗っているのは一人でも、3階まで持ち上げるのはそんなに簡単ではなかった。一人を3階まで上げると、次々と同じような方のアナウンスがあった。学校にもエレベーターが必要だとこの時に思った。

 そうこうしていると、夕方になり、毛布の配布があった。だが、数が少なく全ての人には渡らない。この体験の後、江東区で避難所体験した人と話したら、避難者全員に毛布は渡されていたし、食べ物の配給もあったという。何故区が違うとこうも待遇が違うのかと思った。この避難所で一晩を過ごそうと覚悟していたが、夜中の午前1時過ぎに風と雨が止んだ事が確認できたので帰宅することを決めた。

 ところが、自宅に帰って驚くことになった。それは長さ1.5m×幅40cmの屋根のてっぺんに取り付けてあった鉄板2枚が風雨で剥がされ、地面に落ちていたことである。翌日近所の方の話では、鉄板が落ちた時の音がものすごい音だったと聞かされた。1995年に建てた家であるから、24年目に落ちたのである。今、これを区の制度で補償してくれるかどうか、やり取りしているところである。

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