ひらの亀戸ひまわり診療所
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2019年秋号 第108号

『高熱隧道』

鍼灸師 富永 純枝

 今年の夏休みに立山連峰へ山登りに行ってきました。立山黒部アルペンルートの真ん中、室堂から入って剣岳を横目で見ながら仙人池、阿曽原温泉を通り欅平へ下りる4日間の長いルートです。頂上には立たないものの、雪渓やハシゴ、クサリ場、黒部渓谷の切り立った崖の上をコの字型にくり抜いて作られた水平歩道等を通る盛りだくさんな終始気の抜けないコースでした。

 この辺りは黒部ダム(黒四ダム)が有名ですが、欅平から始まる水平歩道の終点の仙人谷には黒部第3発電所として日本電力が1936年から4年かけて完成させた仙人谷ダムがあります。その壮大な工事の様子は小説『高熱隧道』(吉村昭著)に詳しく描かれています。

 時は第二次世界大戦前、軍事目的のためにダム建設及び物資運搬用の隧道工事が着工されますが、仙人谷から阿曽原谷までの温泉地帯を掘削するトンネル工事は当初は岩盤温度が65度位だったものの、最終的に160度にも達し困難を極めます。あまりにも危険な工事のため、当時の月収の10倍という賃金で人夫が集められました。坑内の気温が上昇する中、作業員の身体や岩盤に後ろから黒部川の冷水をホースでかける「かけや」を置いたり、高熱によるハッパ用ダイナマイトの自然発火を防ぐためダイナマイトをボール紙や割り箸などで被せるなど創意工夫がなされます。 

つるはし

 しかし、熱中症や爆発事故、泡雪崩という威力の大きな雪崩による宿舎崩壊などの事故が相次ぎ、結局完成までに300人余りの犠牲者が出ました。小説の中ではどのようにして自然の脅威に人が対峙していったか、またこの無謀とも思える工事を管理する側と労働者との間の軋轢も描かれています。日本の土木技術は世界に誇れるものだと思いますが、先人の努力と知恵と忍耐によって築かれた賜物なのだと改めて感じました。

 現在ダムは関西電力の管理下にあり発電された電力は主に関西地方へ送電されています。隧道はエレベーターで欅平から上げられたトロッコが通る黒部専用鉄道となっていて、一般の人向けにも「黒部ルート見学会」という、欅平から黒部ダムまでのこのトンネルを通る輸送設備を見学できるコースがあります。申し込み制ですが倍率が高くとても人気があるようです。

 水平歩道は一歩間違えば崖に転落するくらいの幅の狭い道が延々と続きます。歩きながらこの道を作った方々、そして毎年雪が溶けたら整備してくださっている山小屋の方々の努力を想像しました。道中、高熱隧道の一部かと思われるサウナのような蒸し暑さのトンネルを通りましたが、その中で作業すると思うと気が遠くなります。あえて本を読まずに出かけたので家に帰ってから一気に読み終えると、真夏の太陽に照らされた黒部峡谷の連なる山々を思い出し、「あ〜着いたら早くアイスが食べたい」などと考えながら歩いていた自分が恥ずかしくなったのでした。

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