ひらの亀戸ひまわり診療所
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2018年春号 第102号

春の味

鍼灸師 富永純枝

イラスト

 毎年3月上旬になると母から大きなタッパーがいくつも送られてきます。中身はいかなごのくぎ煮。まだまだ寒さの残る時期ですが、蓋を開けると「ああ、春が来たんだな」と実感します。白いご飯に乗せて食べてもよし、お酒のアテにもよし、万能な一品で我が家の食卓を彩ってくれます。

 実家のある兵庫県の瀬戸内海沿いの地域では、いかなごを炊くのが春先の風物詩。明石や淡路近海でいかなご漁が解禁になる2月下旬から3月上旬にはスーパーに生の稚魚が並びます。関東では「こうなご」と呼ばれ成魚だと25cm くらいになるそうですが、くぎ煮にするのはこの2、3週間の間の稚魚だけ。1週間遅いだけでぐんぐん大きくなってしまい、くぎ煮にするには硬すぎて美味しくなくなってしまいます。鮮度が命なので朝仕入れたものをその日のうちに調理します。

 基本は醤油と砂糖、みりんで味付けしますが、生姜入りやクルミ入りなど各家庭で味が違うのも楽しみの一つです。うちの実家は欲張りなので、梅干し、生姜、くるみ、はては金柑まで全部入っています。私が東京に来てから母がいかなごを炊き始めてはや20年、最初のうちは柔らかすぎてボロボロ崩れたりしていましたが、今では腕を上げて、毎年おすそ分けする知人の中にも母の味のファンだと言ってくださる方も増えてきました。たまたまこの時期に帰省した際に作る姿を見ていると、大きな両手鍋をクルックルッと揺すっていかなごが潰れないように混ぜ合わせる様子などはまるで職人のよう。知人や親戚などに配るために大量に作るので、朝から晩まで鍋をひっくり返し、家中が醤油の匂いでまるで佃煮屋さんの ようになっていました。

 この10年ほどは全国的に有名になったせいか、いかなご宅急便やいかなごゆうパックなるものも現れ、タッパーとセットで売り出されているので遠くに住む知人友人にも手軽に作りたてを送れるシステムが出来上がっています。そのせいで需要が増えた為か分かりませんが、いかなごの収穫量が近年減ってきており、稚魚の価格も2~3倍に上がっているようです。小さい頃は甘辛い味が苦手で見向きもしませんでしたが、今では貴重な故郷の味だと有り難く噛みしめています。周りの人にも母が元気なうちに習得しておけ、と言われるのでこの味を絶やさないようにしてゆきたいです。もうすぐいかなご漁も解禁になる頃。今年こそ習いに帰ろうかな。

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